おはようございます。
内海です。 http://sskg.jp
【日刊】俯瞰探究クロスオーバー  2016年3月11日号

 ・地域密着の理由

  今日は東日本大震災から丸5年。
あの日、私は何をしていたのか?
そして、あの日があるから地域密着へ舵を切ったのですが、その理由を書きます。
当時の私は、原宿駅前に事務所を借りていました。
事業再生コンサルティング会社を経営していました。
2010年に金融円滑化法が施行されました。
その結果、事業再生コンサルティングの案件が消滅しました。
金融機関は中小企業の返済猶予を受け入れるため、
私たち外部の力を必要としなくなったためです。
地震が起きた瞬間に私は麹町の雑居ビルの5階の会社を訪問していました。
スポットで下請けした、中国への日本の業界団体進出支援の仕事でした。
訪問先は中国の広告代理店の日本支社です。
(かなり怪しい...)
地震に怯える中国人に家具を押さえるよう指示し、避難退路を確保していました。
地震が収まった頃、中国人を連れて1階まで階段で降りました。
その後、原宿事務所と相方との連絡は電話は普通の為、
フェイスブックのメッセージで行いました。
チャリで皇居を半周して大手町を走っていると、
大企業の人たちがヘルメットを被り整列しるのを目撃しました。
浜町辺り以降では、中小企業の社員と思しき人が歩道で屯していました。
総武線の高架の上を人が歩いている異様な光景を眺めながら、
自宅へと戻りつきました。
テレビニュースで深刻な状況を見るにつけ、
近場で家族と一緒に暮らせる事のありがたみを実感しました。
それまでの事業再生コンサルタント時代は、全国を出張する渡り鳥でした。
あの日、事業再生の仕事をしていた相方やパートナーコンサルタントは関西方
面に出張中で東京に戻って来られませんでした。
全国を出張する仕事が格好良いとも思っていましたが、
家族が不安な時に一緒にいられる仕事をしたいと気持ちが180度変わりました。
その年の夏に11月の東京商工会議所台東支部のセミナーの登壇が決まりました。
地域密着で仕事をする事は、結局家族との時間を多くもてる事。
経営戦略的な側面だけでなく、生き方と合致しているから実現出来ています。
 
 編集後記
  地域密着路線は戦略だけでなく、気持ちの部分も大きい。
        
  挑戦を忘れない!
  江戸川経営塾テキスト 進捗度50%
  4月まではこれ一本に集中します。